VTuberとリスナーの不健全な関係

2025/02/12

ネット

〔結論まで約2200文字|読了の目安:4.4分〕
〔補足含む約5500文字|読了の目安:11分〕

 VTuberはキャバクラに例えられることがある。一言にVTuberといっても配信の姿勢には人によって差があり、すべてのVTuberがキャバクラ的だといえるわけではない。だが、VTuberの仕組みには不健全性が入り込んでいる。

 その不健全な仕組みとは「リスナー間の競争を煽る」ことだ。

 この仕組みがどのように作られているのかを、以下に見ていく。

 もちろんこれはVTuberに限らず配信者全体に言えることで、TikTokの配信者はこの仕組みがもっと顕著だ。だが、ここでは大きな社会的存在になっているVTuberを主語にする。

〈目次〉
リスナーの承認欲求から始まる
〈結論〉リスナー間の競争に巻き込まれる
VTuberの改善案
ジレンマから抜け出すには
〈↓補足〉
スパチャは贈与
内輪感の強化

リスナーの承認欲求から始まる

 VTuberとリスナーの関係はこのように始まる。

リスナーがVTuberに好意を抱く

 まずリスナーがVTuberに出会う。そのVTuberの発話の魅力(ただし演技を含む)、Live2Dによるかわいく美しい見た目、そして望ましくない生身の部分が隠されていることによって、自分を心地よくさせてくれると感じ、好意を抱く。

人間には承認欲求がある

 人間には「他者から認められたい」という承認欲求がある。社会で生きる人間にとって、周りからの評価が「社会における自分の能力や影響力」だからだ。
 他者から認められるということは、社会で自分が生きやすくなったということであり、自信がつき、自己肯定感が高まり、安心感に繋がる(太田 肇『承認欲求 「認められたい」をどう活かすか?』東洋経済新報社)
 ホストにはまる女性は、はまる理由として「安心できるから」「自分を肯定してくれるから」と言う。ホストにはまる理由も承認欲求だ。

リスナーはVTuberの承認を求める

 好きな相手からの承認が得られれば、なおさら自己肯定感が高まる。
 VTuberは芸能人・タレントよりファンとの距離が近く、チャット* という、お手軽に相手からの認知・承認を得られる仕組みが用意されている。となると当然リスナーは、好きなVTuberからの承認を得ようとチャットをする。
 リスナーはチャットをしてVTuberからの反応があればうれしいし、なければがっかりする。これが「VTuberの承認を得たい」という欲求がある証拠だ。
 VTuberはリスナーに対してお礼・反応をすることにより、リスナーに承認を与える。

*: 「コメント」と呼ばれることがあるが、配信中に送る文章は、正確には「チャット」

〈結論〉リスナー間の競争に巻き込まれる

そして競争に巻き込まれる

 リスナーはVTuberから無条件の承認をもらうことによって、当初は承認欲求が満たされる。安心感を得、さらなる安心感を得るためにそのVTuberの配信に頻繁に顔を出すようになる。このときリスナーは「自分の居場所を見つけた」と感じる。「居場所」とは自分が承認を得られる場所だ。
 しかし、リスナーの中にはたくさんスパチャ(投げ銭)する太客、リスナー歴が長い古参がおり、それらは特別にVTuberと親密なことに気づく。それに比べて自分は扱いが小さく、小さい承認しか与えられないことに不満を抱く。
 そこから抜け出し、大きな承認を得るには、他人より多いスパチャをしなければならない。あるいは面白いチャットをたくさんしたり、SNSで布教したり、ファンアートを描いたり、切り抜き動画を作ったり、ギフトを贈ったりと、VTuberに貢献しなければならない。
 VTuberはより大きな貢献をした人に大きな承認を与える。こうして「誰が一番貢献できるか」という競争に参加することになる。

競争を煽る仕組み

 VTuberには、この競争をさらに煽る、次のような仕組みが用意されている。

 ●貢献度の可視化
   ・誰がスパチャを送ったかわかる
   ・金額が多いほどスパチャの色が派手になる
   ・スパチャにお礼と いいね! とコメントをつけられる(賞賛できる)
   ・名前の色でメンバーシップがわかる
   ・メンバーシップ限定の絵文字を使える
   ・アイコンでメンバー歴がわかる
 ●VTuberがお礼を言う、名前を呼ぶ
 ●VTuberが常連を厚遇する
 
 これらによって、VTuberはリスナーが貢献した度合いに応じた承認を与える。そしてリスナー間に見えない序列が生まれる(TikTokは露骨に序列を可視化している)。
 リスナーは他のリスナーより多い承認を得るために、せっせとVTuberに貢献する。
 この競争を煽る仕組みは、ホストクラブ・キャバクラと同様のものだ。

《リスナーはVTuberに心の安寧を求めたのに競争に巻き込まれ、疲弊する》というジレンマに陥る。これが「不健全な仕組み」だ。

競争に参加しなくても踏み台にされる

 自分はそんな競争には参加しない、ただ自分が楽しませてもらうだけの最低限の関わり方しかしないから問題ない、と考える人もいるだろう。
 しかし「誰が一番貢献できるか」という競争は相対的なものであり、他人と比較しなければ成立しない。貢献しない人がいるからこそ、貢献したことが評価される。敗者がいるからこそ勝者がいる。3人の大会で優勝することより、30人の大会で優勝することの方が価値が高い。だから貢献していない人がたくさんいるほど、貢献している人の価値が上がる。
 競争に参加しているつもりがないリスナーも、このように「踏み台」としてしっかり利用される。

新しいリスナーの補充

 一方、VTuberが初見を歓迎する風潮があるのは、新しいリスナーを確保して常連に育て上げるためだ。競争に疲れた常連が抜けても競争が続くよう、新しいリスナーの補充にも力を入れる。
 これもホストクラブ・キャバクラを含む様々な店が、新規顧客を獲得するために行っている方法だ。

VTuberの改善案

 競争を煽るビジネスモデルは不満・嫉妬を生み、健全ではない。
 これを改善するには、スパチャなどの貢献を匿名にするか、スパチャの額に上限を設けることだ。

 昔から、舞台や大道芸での投げ銭・おひねりならあった。それらは基本的に匿名だったが、スパチャはネットの技術によって顕名になった。

 匿名の投げ銭・おひねりであれば、
 ・その場限りのやり取り・お礼になる
 ・あくまで芸への対価
 ・見返りを求めない
 という性質になる。

 それがスパチャは顕名なことで、
 ・自分を認識してもらえる
 ・金を払えば「名前を呼んでもらえる」「個別に反応してもらえる」と期待する
 ・芸への対価だけではなく、関係性の構築に繋がる
 といった性質に変化する。

 だからスパチャを匿名にすることにより、以下の効果が見込める。
 ・「推しに認知されたい」という承認欲求が排除される
 ・競争が生まれない
 ・見返りを期待しない、純粋な応援になる

 しかしこれを行えばスパチャが減ることは目に見えている。だからなかなか実行されないが、健全な運営を目指すなら必要なことだ。

ジレンマから抜け出すには

《リスナーはVTuberに心の安寧を求めたのに競争に巻き込まれ、疲弊する》というジレンマから抜け出すにはどうしたらいいか。

●スパチャもチャットもしない
 つまりVTuberに承認を求めない。テレビの中の芸人を見るかのように、離れた距離から鑑賞する。VTuberの収益には、広告を再生することなどで貢献する。
 
●見ない
 黙って見ていても他のリスナーの言動に心がザワつくなら、それは競争に巻き込まれている。きっぱりと「見ない」という判断をする。承認欲求は現実世界で満たそう。

〈↓補足〉

 「リスナーが競争に巻き込まれる」という記事の主題はここまで。
 ここ以降は、それに対する補足と、VTuberとリスナーの関係についてのそれ以外の考察です。

スパチャは贈与

 VTuber文化を語る上で外せない存在がスパチャだ。これまでの日本社会では限定的だった投げ銭が一般化した。これが社会的にどのような意味を持つのかを考えてみたい。

贈与・交換の三分類

 投げ銭は料金のような対価(交換)だろうか、それとも贈与だろうか。ここでは贈与と交換を三つに分類して考えてみる。

●等価交換
 商品とお金の交換、労働と報酬の交換など。普通の商売。取り引き。
 どちらにも恩義は発生しない。後腐れがない。簡潔。

●不等価 → 等価に戻す贈与
 受けた恩義を返して、対等な関係に戻すもの。
 謝礼・返礼、お中元・お歳暮(これは今後もよろしくという意味もある)など。
 関係を安定させる。調整的贈与。

●不等価を作る贈与
 意図的に不等価な関係を作ることにより、相手との関係を維持するもの。相手に恩義を与え、好意の返報を期待する。
 貢ぎ物・献上品・キャバクラ・ホストなど。
「好意・承認・擬似的親密さ」といった、価値が測定不能なものを受け取る。返礼の基準が主観的。
 そのため、後腐れが起きやすい。揉めやすい。

不等価 → 等価に戻す贈与

 現実世界では、基本的にお礼やお中元や誕生日など、特定のときしか贈り物はしない。何もないときに物を贈ったら「恩に着せようとしているのか?」「お返ししないといけないのか?」と思われる。
 つまり一方的に贈り物をもらうのは不公平だという考えがある。これは、人間関係は公平であるべき、一方的に恩を受けている状態は望ましくないという考えがあるからだ。

 だから、一方が恩を受けたときに、お互いを公平な状態に戻そうとする交換が「不等価 → 等価に戻す贈与」、ギブ・アンド・テイクだ。

 そのため「贈り物をするときは、見返りを期待してはいけない。(お礼などとして)必要な分のみを贈るべきである」という「贈与の規範」があるそうだ(亀田達也・村田光二『複雑さに挑む社会心理学』有斐閣アルマ p. 88)。不釣り合いな贈り物をすると相手に負い目を感じさせ、公平性を損なう。

高額なスパチャは「不等価を作る贈与」

 大道芸の投げ銭の相場は100~1000円だといわれる。芸への対価の相場はそれくらいということだ。さらに、電子書籍の小説の値段はおおむね1100円前後、曲のダウンロード販売は1曲260円程度だ。

 スパチャも、その程度の軽微なものであれば配信への対価という「等価交換」だといえる。
 だが2000~10000円といった高額なスパチャやギフトは、VTuberの芸に対する正当な対価とは言えず、一方的に大きい。これは「不等価を作る贈与」になる。

「不等価を作る贈与」とは

 「不等価を作る贈与」は、以下の目的を含む点が芸への対価とは異なる。

  • VTuberに認知されたい・特別扱いされたい(承認欲求)
  • 他のリスナーと差をつけたい(優越感・競争意識)

 芸への対価は等価交換だが、「不等価を作る贈与」は下心が含まれるため高額になる。

不釣り合いな贈り物は見返りを求める

 不釣り合いに高額な贈り物を受け取ったVTuberは、その欲求を満たしてやらねばならないという負債を抱える。満たさなければリスナーに「これだけ貢献したのに報われない」という不満を生む。これが等価交換とは違い、後腐れ、こじれに繋がる。
 高価なスパチャをもらえるのは自分の芸のためだとVTuberは思うかもしれないが、そんなうまい話はない。「ただより高いものはない」。大した理由もなく高額な報酬をもらえるわけがない。高いものには理由がある。

VTuberが不公平な扱いをする

 だからVTuberはスパチャをもらったときだけでなく、普段から貢献したリスナーを厚遇する。

  • 特定のリスナーだけに反応が多い
  • 名前を呼ばれる頻度が違う
  • 会話の文脈に特定のリスナーが組み込まれる

 すると他のリスナーは、自分は無視されていると感じ、不公平感を感じる。
 リスナーは公平だという建前が崩れ、コミュニティに競争と嫉妬を生み出し、殺伐とさせる。

ギフトを贈る意味

 お菓子などのギフトを受け取るVTuberもいる。スパチャでお金が贈れるのにわざわざ物品にするのは、「自分のことを特別に記憶してもらいたい」という、より強い関係を求める欲求の表れだ。
 お金と違い、物品には意味が生まれるから、何を選ぶかで「私はあなたのことを理解していますよ」というメッセージになる。
 だからこれも「不等価を作る贈与」になる。ギフトを受け取るVTuberは、そのリスナーに恩返しをしなくてはならないという義務を抱える。

内輪感の強化

 VTuberのコミュニティに競争が生まれることによって、内輪感が強化され、新規のリスナーが入りづらくなるという問題もある。

競争によって内輪感が強化される

 上記の理由によってVTuberは貢献してきた常連を厚遇する傾向があるため、新規リスナーは入りづらくなる。
 VTuberは多く貢献したリスナーの承認欲求を満たしてやらねばならないため、そのリスナーの自己主張を許してしまう場合もある。するとますます内輪感が増し、コミュニティの質は下がり、排他的になる。
 登録者数を増やすには、この内輪感をいかになくし、開かれたコミュニティにするかが重要になる。

承認を不公平にすることで競争を煽れる

 VTuberが、リスナーの貢献度に応じて公平に承認していれば、まだリスナーも「貢献した人なんだから仕方ない」と納得できる。
 だが特定のリスナーを過度に賞賛したり、貢献したリスナーを無視したりといった不公平な姿勢を見せると、「なぜあいつだけ贔屓されるんだ」「なぜ自分はお礼されないんだ」と不満が増し、競争が激化する。
 こうなると危険な状態で、コミュニティの崩壊に繋がりかねない。

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