肉を食べる免罪符 アニマルウェルフェア

2025/06/27

社会

※アニマルウェルフェア(動物福祉):家畜を快適な環境下で飼養することにより、家畜のストレスや疾病を減らすこと。鶏をケージではなく平飼いするなど

●前提
 ヴィーガンがアニマルウェルフェア(以下、動物福祉)を推奨することについて賛否がある。
 ヴィーガンは動物の殺害を否定するものだが、動物福祉を推進したところで家畜の飼育環境が改善されるだけであり、最後に殺されることに変わりはないからだ。

●動物福祉の理屈
 動物福祉を推奨するヴィーガンの主張は「すぐに肉食を止めることはできないからせめて動物福祉を推進し、家畜の苦痛を減らすべき」というものだ。
 この主張の奥には「動物福祉が広まれば家畜の苦痛が減る。そこからさらに苦痛を減らそうという意識が高まればヴィーガンに繋がる」という考えがあるのだろう。
 これらには一理ある。

●動物福祉は肉や卵などを食べることを正当化する
 だがこの考えは、動物福祉を運動・政策として推進することで、「家畜の苦痛を減らしたから、殺して食べてもいい」という考えになりかねない点を見落としている。
 現在、動物福祉という言葉が広まっているのは、肉や卵などを食べている人たちに「動物を苦しめている」という罪悪感があることを示している。それならば、なぜヴィーガンにならないのだろうか。肉などを食べたい欲求が強いからだ。
 この欲求が強い人たちに対して、動物福祉は「罪悪感を減らしつつ肉などを食べる」ことを正当化する手段として機能する。「動物福祉に配慮したから肉などを食べてもいい」、つまり「肉などを食べる免罪符」となる。

●不衛生を嫌う動物福祉ならなおさら
 動物福祉が広まる理由はもう一つ、不衛生・不健康な肉などは食べたくないというものもある。
 これは家畜の苦痛を減らそうとは考えていないから、もしこちらが動物福祉が広まる主な理由だとしたら、なおさらヴィーガンへの移行は起きない。

●動物福祉はヴィーガンに移行しない
 動物福祉は「家畜の苦痛を減らそう」とする運動ではあるが、その中に「苦痛を減らしたから殺してもいい」という殺害の正当化を内包している。
 動物福祉もヴィーガンも「動物の苦痛を減らすべき」という点では同じなので、一見、似たものに見える。しかし、
 ・動物福祉 :苦痛を減らしたらから殺して食べてもよい
 ・ヴィーガン:食べるために殺してはいけない
 という違いがある。
 動物福祉の最終目的は「食べること」、ヴィーガンの目的は一貫して「動物を殺さないこと」。目的が違うため、この差は埋まりにくい。
 だから、動物福祉を達成した後にヴィーガンへの移行は起きにくいと考えられる。ヴィーガンはアニマルウェルフェアを推奨するべきではない。

●想定される反論
 ◎段階的変化を認めないと社会変革は起こらない
  →動物福祉からヴィーガンへの移行は起きないと考えられるから、動物福祉を認めてもそこから段階的には変化しない
 ◎すぐに全員がヴィーガンになるのは非現実的
  →もちろんその通りだが、動物福祉からヴィーガンに移行するのも非現実的
 ◎動物福祉は一部の人の意識を変える足がかりになる
  →「一部」ならあり得るが、世間の人々の肉食に対する欲求の強さから、肉を食べる免罪符としての機能の方が大きいと思われる

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